1945年 歴史問題

昨日の中3社会の授業で次のような問題がありました。(宿題に出したプリント)

1945年におこったできごとについて、次のア~オを古い順に並べかえよ。

ア、広島に原爆投下  イ、ドイツの降伏  ウ、日本の降伏  エ、長崎に原爆投下  オ、ソ連の対日参戦

                                              

よく出題される問題ですが、やや難問で正答率は低いと思います。

 

ヒトラーが妻エヴァ・ブラウンといっしょに自殺したのは4月30日。5月にドイツは無条件降伏しています。

難しいのはその次です。日にちを覚える必要があります。

広島に原爆が落とされたのは8月6日。

日本の政府は『もう駄目だ。どうしたらいいんだろう?』とパニックに陥ったと思います。

そのパニック状態の二日後の8月8日、ソ連が「日ソ中立条約」を破棄し日本に宣戦布告、翌日未明、日本(満州、北方領土)に攻めてきました。

8月6日に広島に原爆、8日にソ連の対日参戦、

そして、8月9日、長崎に原爆が落とされました。

当時の日本の指導者にとっては最悪な状況。

「一億総玉砕」を叫んだ軍人もいたそうですが、・・・『もうダメだ』

8月15日、

耐えがたきを耐え、忍びがたきをしのび」で有名な昭和天皇の玉音放送が流れます。

ラジオから流れる天皇の声を聴いて、

『意味はよくわからなかったけど、なぜか涙が流れてきた』と戦後20年以上たって私の母は言いました。

玉音放送はこう始まるそうです。

【朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ・・】 現代語にすると

【私は、世界の情勢とわが国の現状とを十分に考え合わせ、非常の手立てをもってこの事態を収拾しようと思い、私の忠義で善良な国民に告げる。  私は政府に対し、アメリカ、イギリス、中国、ソ連の4か国に、4国共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告させた。】

玉音放送は国民に「ポツダム宣言受諾」を報告するものでした。

 

上の問題の解答は

ドイツ降伏5月、広島原爆投下8月6日、ソ連対日参戦8月8日、長崎原爆投下8月9日、日本の降伏8月15日

記号を古い順に並べると、イ、ア、オ、エ、ウとなります。